ユーザーエクスペリエンスに関する書籍や記事を読んでいると、UX(ユーザーエクスペリエンス)とCX(カスタマーエクスペリエンス)は、何がどう違うのか?というテーマに関する議論や説明を良く目にします。
UXデザイナーやプロダクトデザイナー、マーケター、経営者、研究者など、立場や役割の違いを超えて、全ての人が、一様に同意・納得するような定義・説明をすることは難しいですが、この辺を、クライアントさんなどに、簡単にご説明する場合に、弊社では、以下のような図を使ってご説明をしています。
UXとUIの関係
CXとは、サービスや商品を購入・利用する「カスタマーとしての利用体験」であるのに対し、UXは、あるサービスや商品を必要と感じ始めるところから、情報収集や比較検討する段階を経て、自社もしくは他社のサービスや商品を選択・購入する(あるいはしない)という判断をし、更にはそれらの利用・使用が終わった後までを含む一連の体験を指す、という感じでしょうか。
つまり、最良のUXをデザイン・提供するためには、「カスタマー」になる前から、「カスタマー」では無くなった後の段階も含めて、人々の思考や感情、あるいは行動に思いを巡らせることが大切になる訳ですが、以下、筆者が最近体験したある出来事を例に、このCXとUXの境界について、もう少し、具体的に考えてみたいと思います。
私は、最近、数年間利用していたスポーツクラブに退会の申出をしました。施設やサービス・料金などに、特に不満があった訳ではありません。ただ、運動不足解消のため、平日でも出勤前や退社後に、気軽に立ち寄って運動をしたいと考えていたのが、昨年1月にオフィスを移転してからは、利用する頻度が大きく下がってしまったことが退会の理由でした。
そこで、3月最後の土曜日、スポーツクラブを利用した後、フロントで「4月末で退会したい」と申し出たところ「ハンコは持ってきていますか?」と聞かれたので、「ハンコは無いが、サインか拇印ではダメですか?」と答えたもののハンコが無いと退会の申出には応じられない、の一点張り。
そこで「次の週末にハンコは持って来るけれど、そうすると4月に入ってしまい、退会が5月末になってしまうので、退会届自体は、今日、提出したことにして手続きを進めてもらえますか?」とお願いをしたところ、「マネージャーに相談しますので少々お待ち下さい」と。
暫くして、そのマネージャーが出てきたのですが、なんと彼は、入会申込書を私に見せながら、「入会申込書に『退会時には退会届にハンコを押して提出する』と書いてあるでしょ。」という説明を始めました。「本人が来て、運転免許証もあって、拇印も押すといっているのに、実印でも何でも無い『ハンコ』が無いと退会を受け付けないというのは、あまりに杓子定規な対応ではないですか?」と、15分近い押し問答が続いた挙げ句、ようやく「ではサインで結構です。」ということになり、退会申込を受け付けてもらえることになりました。
そこで出された退会届を見ると、氏名欄の横には「ハンコもしくはサイン」と書かれているので、「あれ?サインでも良いことになってますよ?」と尋ねると、「外国の方はサインでもOKです。」との説明に思わず苦笑い。ともあれ、特別に外国人と同じ扱いをして頂いたことに感謝しつつ、退会届を提出して、そのスポーツクラブを後にしました。
ちなみに、このスポーツクラブのスタッフの方々は、普段は、いつも、とても親切で、にこやかに対応をしてくれています。おそらく、より良い「CX」を提供することを目的に、顧客対応のトレーニングなどもしっかりと行われているのでしょう。
一方、退会を申し出た私は、彼らからみると、もはや「カスタマー」ではなくなるので、「CX」視点で考えられた顧客対応マニュアルの対象外、ということになってしまったのでしょう。
ただ、このスポーツクラブは、全国展開しているので、私がまた別の場所で加入する可能性もあった訳です。また、このスポーツクラブへの入会を検討している友人・知人から、評判を聞かれることもあるかもしれません。
残念ながら、私の、このスポーツクラブに対する最後のUXが、非常に後味の悪いものになってしまったので、よほどのことが無い限り、私が、将来また加入することはないでしょうし、誰かに積極的に勧めることもないでしょう。
もちろん、「カスタマー」では無い人に対して、無制限に、費用や手間をかけてサービスやサポートを提供することはできません。どこかで線引きも必要になります。一方で、今現在「カスタマー」である人を満足させるというCXにばかり集中してしまうと、結果的には「将来のカスタマー」を失うことにもなりかねません。
サービスや商品、あるいはウェブ・アプリなどをデザイン・設計する場合には、「カスタマー」になる前や後のフェイズも含めたUXという視点から考えることが、中長期的には企業の売上や利益に貢献する可能性が高い、ということも理解しておくことが大切ですね。