『我々は、ひどいデザインに囲まれて暮らしている』Yahoo!やGoogleで、UXチームを率いた経験を持つIrene Au氏の講演は、この一言から始まりました。
<UX Week 2016に登壇したIrene Au氏>
これまで、「デザイン」というと、見た目の美しさや、使い勝手などの機能美、あるいはそれらが組み合わさって創られるブランドイメージ、といったものが中心的な対象と考えられてきました。
しかし、1990年代以降、エクスペリエンス、つまり、ユーザーや顧客の「利用体験」も、「デザイン」すべき重要な対象として注目されるようになりました。そして、Au氏が冒頭で語った「ひどいデザイン」というのも、UXデザインに関する問題を指しています。
多くの経営者は「顧客第一」とか「品質第一」だとか言いながら、私たちは、日々、様々な製品やサービスを利用する中で、なぜ、こうも不満やフラストレーションを感じることが多いのでしょうか?
Au氏は、多くの企業が、いつの間にか、独りよがりのUXデザインに陥っていると指摘し、その原因を以下のように整理しています。
1.売上を増やしたいという欲
賢明かつ合理的な生活者であるみなさんなら、秀逸なUXをデザイン・提供することは、売上の増加にもつながるはずだ、と直感的に理解できるはずです。ところが、普段は、そうした生活者であるはずの人たちも、製品やサービスを提供する側に立つと、生活者ではなく、提供者の目線で物事を考えてしまうようです。
たとえば、UXデザインの重要性を説くブログでさえ、記事を読んでいる途中に、画面を多い尽くすほど大きなメッセージを表示させ、メールマガジンの購読を促すといったことを平気でやってしまいます。それくらい、売上に対する欲は、私たちの目を曇らせてしまう力を持っています。
<UX Pinのブログ画面>
2.あらゆる要求に応えたいという欲
これはちょっとやっかいな問題です。なぜなら、この「欲」は、基本的にはユーザーや生活者の希望にできるだけ応えようする姿勢から生まれてくることが多いからです。
有名な事例は、スイスのアーミーナイフです。山登りをする時など、限られたシチュエーションでは、非常に便利な代物ですが、日々の生活で使おうとすると、どれもこれも、中途半端で、結局「ハサミ」や「ドライバー」など「単機能」の製品にはかないません。
<Wenger社のアーミーナイフ>
3.誰にでも好かれたいという欲
理想とするUXを実現・提供するためには、時に、社内の人たちを敵に回しても妥協しないという強い意志が求められることもあるでしょう。しかし、誰でも、スティーブ・ジョブズのように振る舞える訳ではありません。
では、UXデザイナーとしての理想と、企業のゴールが一致しないとき、どうすればよいのでしょうか?
そのような時こそ、チームによるUXデザイン(Design by Committee)というアプローチが有効だ、とAu氏は言います。
自分たちは、生活者・消費者・ユーザー・顧客を前に、何を一番大切にすべきかを、みんなでリストアップし、その内容を1つひとつ検証して、優先順位を付けていく。
もちろん、その過程では、意見や利害の衝突が起きることもあり、容易なプロセスではありません。しかし、そうしたプロセスをリードし、社内の一人ひとりが「UXデザイナー」の視点で物事を考えられるよう後押しをする。
これもまた、UXデザイナーに求められる重要な役割なのです。