今年も残すところ、あと、数週間となってしまいましたが、皆さん、いかがお過ごしですか? さて、今回は前編から少し時間が経ってしまいましたが、コラム「運用型広告は人を幸せにするのか?」の後編をお送りします。
オーバーチュアという会社から学んだこと
当時、オーバーチュア本社の主要メンバーは、40〜50代半ばでコンサル・ファイナンスの出身者が多く、また、オフィスはカルフォルニアのパサディナという町の古い賃貸ビルに入っていました。オフィス内は照明が少なく、グーグルやヤフーのようなカフェテリアもなく、あるものと言えば、ポットに入ったコーヒーとポップコーンぐらい。そして、社員全員が朝早くから、休日もなく、猛烈に仕事をしているような会社でした。
私がそれまで働いてきた外資系企業の多くは、各国のビジネスを本社がコントロールしたがる傾向がありました。典型的な外資系とは全く異なり、各国の経営陣に全ての権限を与え、目標を達成するためのサポート役に徹するというのが、オーバーチュア本社のスタイルでした。
コラムの前編にも書きましたが、当時オーバーチュアジャパンの社長であった鈴木氏は、日本がアメリカに次ぐ市場になるためには、ネット広告代理店にオーバーチュアのファンになってもらうことが必要だと考え、ネット広告代理店の代表の方々をパサディナの本社にお連れする視察旅行を企画しました。それを成功させるために、本社にサポートを依頼。日本側のリクエストに対して、本社では当時のインターナショナルの責任者が中心となり、参加する代理店社長の皆さまのホテル、レストラン、通訳そして、なかなか入手できないシルクドソレイユのチケットまでアレンジしてくれました。また、セールスチームの責任者はSEO会社の老舗であるPerformicsの社長まで巻き込み、検索連動型広告の可能性についてアピール。当時のCEO、Ted Meiselをはじめ、本社全体がこの企画を全面的にサポート。アメリカ人がよく使う言葉で “hands on(現場主義)” という表現がありますが、まさに、当時のオーバーチュのエグゼクティブは、全員、“hands on(現場主義)”。ゴール達成に向けて、関係者全員が協力してくれました。
「君たちが目標を達成するために、本社にできることはあるか?」と問いかけ、可能な限りのサポートをしてくれたことが、オーバーチュアジャパンの成功の理由の一つだったと思います。
本社が各国に権限を与えるスタイルは、自由な反面、自分達が立てた戦略について100%責任を持たなければならず、常に緊張感を持ちながら仕事をする必要がありました。いつ何を聞かれてもロジカルに、かつ、ファクトベースで話すこと。このスタイルを徹底することで、初めてお互いを尊重し合うことができ、また、チームの連帯感が生まれるということを教えてくれたオーバーチュア。ここでの経験は仕事をする上で、かけがえのないものとなっています。
※当時、オーバーチュアの新規顧客獲得のターゲットは中小企業。「検索連動型広告ができることとは何か?」をなるべく分かりやすく表現したいという日本からのリクエストに対して、本社のクリエイティブチームがデザインしてくれたサイトのトップページ(クリエイティブチームでデザインを担当していた堀池美加は、現在、LAデザインセンターのUXデザインの責任者として活躍中)。日本特有のニーズを見事にデザインに変えてくれるチームでした。
完全一致から部分一致へ
当時、オーバーチュアの本社では検索連動型広告の使い勝手を向上させるための調査・テストを頻繁に行いながら、システムの改変を続けていました。本社への旅を企画していた時期に、初めての大きな改変となる、マッチタイプ(検索方式)の導入を検討していました。10年以上、この業界にいる人であれば記憶にあるかと思いますが、オーバーチュアの検索連動形広告には、当初、完全一致・フレーズ一致・部分一致という3つのマッチタイプがありました。完全一致というマッチタイプは、広告主が出稿したキーワードと検索ユーザーが検索した際に使ったキーワードが完全に一致した場合のみ、検索結果を表示させるというものでした。これにより、検索ユーザーに対してより適合性が高い検索結果を表示できるようになりました。
ところが、一見、みんなを幸せにしているように見えた「完全一致」は、実はそうでもないということが本社の調査で判明。例えば、広告主がマッチタイプとして、完全一致を選択すると、検索ユーザーが検索の際に使うと想定されるキーワードを考え、出稿し続けなければなりません。また、検索ユーザーは、探している物やサービスに関する正確な名称が分からなければ、検索しても探しているものが見つからないということになります。それにより、クリックされる回数が減り、検索エンジン側の利益に繋がらないという、関係する3者にとって、ネガティブな結果になる可能性がありました。
プロダクトチームが広告主にヒアリングを行ってみると、広告主は検索キーワードを考え、出稿し続ける作業に疲れ果てていることが分かりました。そして、オーバーチュアは上場企業として、広告収入の持続的な成長を示さなければならない立場にありました。様々な調査とディスカッションの結果、これらの課題の解決策として「完全一致」の廃止を決断したのです。
今となっては、完全一致があったことすら忘れられていますが、この変更はネット広告代理店からは歓迎されませんでした。彼らにとっては、アドワーズとオーバーチュアの両方を売るためには、2つのエンジンの違いを示す必要があり、オーバーチュアの「完全一致」は、媒体を売る側にとっては、好都合だったようです。
※複雑なマッチタイプについて、図を使って説明(堀池美加によるデザイン)
幸せに必要なエコシステム
「完全一致」の廃止から始まり、最低入札価格の引き下げ、部分一致の拡張、タイトル説明文の文字数の変更等々、オーバーチュアという会社がシステム改変をし続けた理由は、サービスロンチ当初から、「検索ユーザー」「検索エンジン」「広告主」の3者の利益バランスが成り立つエコシステムを確立することが、株主の期待する広告収入を持続的に成長させるには必要不可欠であるということを理解していたからです。また、エコシステムのバランスが少しでも不均等になると、あっという間にビジネスモデルが崩壊してしまうことを、異常なほどに恐れていました。
DeNAのキュレーションメディアの事件は、エコシステムの重要性と怖さを理解していれば、起きなかったかもしれません。媒体だけが利益を享受できる、いびつなシステムでは、広告収入を持続的に伸ばすことはできないでしょう。
オーバーチュアは、エコシステムを崩さないように、しっかりとした「芯」を持ち、その後も、3者の利益を徹底的に追求し、数多くのABテストを実施、適宜、システムを改変するという作業を進めてきた結果、広告収入は伸び続け、2003年7月にヤフーが買収。検索連動型広告は、狙い通り、いろいろなところでパラダイムシフトを起こし、大成功を収めました。一方で、オーバーチュア本社の初期メンバーの多くは、ヤフーに買収されたことでこれまでのスタイルを貫けないことを察し、買収直後、オーバーチュアを離れ、短かった一つの時代が終わっていきました。
運用型広告で幸せになるためには
運用型広告は正しく使わないと、手間ばかりがかかる厄介なものになってしまう可能性があります。2006年オーバーチュアを辞め、ルグランを立ち上げた当初、元オーバーチュアのヨーロッパの代表であり、今ではイギリスのネット業界の重鎮であるNick Hynesが立ちあげたデジタルエージェンシー(社名:テクノロジーワークス)が開発した運用型広告用の管理運用ツールの販売をサポートしていました。
テクノロジーワークスには金融業界から転職をしてきた精鋭が多く、クライアントから桁違いの媒体費を任されて、運用していました。金融出身者ともなると数字に強く、クライアント側のファイナンスの責任者と獲得コストをはじめ、ゴールを設定。エージェンシー側は数値目標の実現に向けた運用を一任されていました。数値目標さえ達成していれば、レポートも必要ない。また、彼らは、運用型広告に必要な単純作業については、早くから管理ツールを導入し、人にしか出来ない高度な最適化作業に、より多くの時間を費やしていました。
クライアントとゴールが共有化できれば、運用型広告の管理運用は実は手がかからないものだ、というのが彼らの考え方であり、彼らから学んだ運用方法は、ルグランのコンサルティングのベースとなっています。
運用型広告は、蓄積されたデータを起点に、クライアントに対して、データドリブンな提案ができるという、素晴らしい利点があります。行き当たりばったりではなく、データに基づいた企画、また、その効果も数値で検証できる運用型広告は、本来はマーケターの活動をサポートしてくれる、最高のツールになるはずです。
さらに、運用型広告で効果を上げるには、広告主側が意識を変える必要があります。自社サイトの位置付け、具体的、かつ、リーズナブルなゴールと数値目標を持つこと。明確なゴールがなければ、代理店もサポートのしようがありません。たまに、「月間1,000CV必達でお願いします!」みたいな依頼をしてくるクライアントに遭遇することがあります。ゴールとか、数値目標を正しく理解し、共有化することの難しさを痛感する瞬間です。さらに、広告主には、自社の広告を出稿するメディアの質やその効果を徹底的に問い続け、代理店や媒体と共に目標に達成するための施策を模索するという姿勢も必要ではないでしょうか。
2回に渡り「運用型広告は人を幸せにしているのか?」をテーマに、コラムを書かせていただきました。久しぶりにオーバーチュア時代を思い出すことで、改めて、オーバーチュアの歴史は短いものの、いかに内容が濃い時間であったかを痛感しました。それと同時に、ネット広告の発展だけを考えていた組織があったことを、事ある毎に書いていかなければという気持ちにもなりました。
最後に、私は、運用型広告は人を幸せにすると思っています。運用型広告のメリットを最大限に享受するために必要なことは何かを、関係者が深く考え、ディスカッションをしていく覚悟があれば、ですが。